骨格の眺め方 その4:骨の位置と向き

2024-12-01

骨格の眺め方 哺乳類 ᓱᓕᔪᖅ

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写真1:カモノハシ Ornithorhynchus anatinus

博物館等で保管・展示される骨格は,必ずしも生前の骨要素同士の相対的な位置関係を保っているとは限りません.骨の観察や保存を目的として,位置を保ってきた筋肉,靭帯,軟骨等の周辺組織が除去されていることがほとんどだからです.

今回紹介する標本は国立科学博物館で2024/3/16-6/16に開催された特別展「大哺乳類展3ーわけてつなげて大行進」で展示されたカモノハシの全身骨格です.

この骨格は幾つかのパーツ (頭部,胴部,四肢,…) へと切断されており,それらが再び接合されることなく展示ケースに置かれています.これでは「組み立て骨格」とは言えそうもありません.

しかし,各パーツは乱雑に転がっているのではなく,ある程度の規則性をもって並べられています.それぞれの位置や向きは元々の繋がり方を想起させます.一瞥するだけでも,画面左側に頭を向けた仰向けかうつ伏せの姿勢だと解釈できるでしょう.そういう意味で,幾らかは組み立てられた骨格です.

標本をよく見ると,個々のパーツを構成する骨 (例えば椎骨,肋骨,指骨,趾骨) は単離されていません.小さかったりカタチが似ていて向きや順序の判別がつきにくかったりする骨を標本にする際には,骨そのものやその繋がり方に関する情報の損失を防ぐための工夫が必要です.この標本では,骨と骨を連結している靭帯の一部を除去せず乾燥状態で残しており,つまり,個々の骨のカタチの観察よりも,その位置情報の保存を優先していると言えます.

一方の切断され骨以外が除去された部位では,骨と骨の繋がり方に関する情報が幾らか失われているはずです.ここで重要なのは,展示において元々の繋がり方が示唆されるようなパーツ配置になっているということは,その繋がり方に関する情報を誰かが補っている,ということです.

したがい我々は,(カモノハシの) 骨格とはこういうものだと真に受けていてはならず,わざわざ,知らない誰かが付け加えた情報を識別し,元々の骨格のカタチだけを抽出しなくてはなりません.切断され後から継ぎ合わされた全ての箇所について,その位置や向きを検証する必要があります.

骨や骨格のパターンに基づく検証

検証といってもそう難しいことはありません.幸い我々は脊椎動物なので,自分の骨格を思い浮かべて比較すれば大抵事足ります.位置や向きを特定すべき骨や関節はたくさんありますが,幸いにもこのカモノハシ標本はあまり多くは切断されていないので,練習問題として好都合です.

左右対称なパーツ

頭部

写真2:頭部

最初は画面左端に置かれた頭部です.天下り的に同定しましたが,後述する特徴的なカタチを見つけられると,それを備える骨は頭部にしかないだろうと思えてくるはずです.

まず,M.816という標本番号が書かれた写真2上部の大きな骨を見ます.この骨は画面上でおよそ上下対称で,文字の上下には孔があります.やや天下り的ですが,これは左右の眼球が入る部分 (= 眼窩) で,我々はこの骨をオデコの側か口蓋の側から見ているとわかります.もし口蓋側から見ているなら,その面には顎関節の凹凸や歯があるはずなので,これは背側を見ているのだろうと絞り込めます.

また,眼窩の開口の向きや脳函 (その2を参照) にあたる膨らみの位置を考えると,左の方が前方 (=吻側) に見えてきます.左端は大きく裂けていますが,これはくちばしの「枠」であり,鼻孔のための開口部です.やはり,左を向いているとみてよいでしょう.

写真2の下側には2つの棒状の骨が並んでいますが,これは下顎です.下顎は,必ずしもヒトやカメ類のようにU字型やV字型の骨でなく,ヘビ類のように左右で分かれていることがあります.歯などの凹凸が見えているので口蓋側をみていると分かりますが,これは下顎なのでやはり画面手前側/ケース天井側が背側ということになります.さらに,それぞれの右端側の複雑な凹凸が顎関節をなしているとわかれば,この骨も左側を吻側にして並べられているとわかります.

胴部

写真3:頸部と胴部

次は中央部に置かれたパーツです.背骨 (= 椎骨) と肋骨が連接してできていることから,これが胴部であることは容易に察しがつくでしょう.肋骨による籠状構造をよく見ると,画面手前側/ケース天井側の椎骨列 (= 脊柱) とは別に,画面奥側/ケース底面側に肋骨を受け止めている別の骨 (= 胸骨) があるとわかります.つまり,このパーツは少なくとも画面手前側/ケース天井側を背にしたうつ伏せです.

次にどちらが頭側なのかを確かめます.ヒントは胸骨 (やそれにつながる曲がった棒にも見える肩甲骨) で,これが画面左側にあることから,画面左側が頭側だとわかります.これは頭部の並び方と整合的です.なお,写真3の左側にある椎骨列は頸椎で,その左端が大きくなっていて頭蓋骨と関節しそうな雰囲気があることからも,その配置は整合的だとわかります.

尾部

写真4:尾部

3つ目は胴部の右にあるパーツです.主には椎骨列からなりますが,左端には椎骨らしからぬ塊があり,右端は尖滅していますので,左端が骨盤,右端が尾の先端だと察しがつきます.骨盤をよく見ると,画面手前側で椎骨に繋がり,画面奥側で椎骨列を囲うような環状の構造になっているとわかります.つまり,このパーツも画面手前側/ケース天井側を背側にして置かれています.このパーツも,頭部や胴部の配置と整合的です.

飽きてきた人のための小休止

ここまで,パッと見でも察しがつくことをクドクドと説明し,しかもその結論は「左向きのうつぶせ姿勢」という当初の予想に反しない実につまらないものでした.しかし,その予測はこれから先もずっと正しいでしょうか (わざとらしく問いかけていることからおわかりの通り,正しくありません).したがい,この先もじっくり観察し続けなければならず,説明もクドクドと続きます.

左右非対称なパーツ

四肢骨

写真5: 四肢骨その1 (ケース左上⇒右前肢?)

写真6: 四肢骨その2 (ケース左下⇒左前肢?)

写真7: 四肢骨その3 (ケース右上 ⇒ 右後肢?)

写真8: 四肢骨その4 (ケース右下 ⇒ 左後肢?)

この標本が左向きうつぶせ姿勢であるなら,ケース左側の対(写真5と6)が前肢,右側の対 (写真7と8) が後肢であると予想でき,また,ケース上側 (写真5と7) が右の手足,下側 (写真6と8) が左の手足だと予想できます.以下では,これを確かめます.

四肢の前後

まず,前後のペアを確かめます.それぞれの骨のカタチに基づくと,写真5と6,写真7と8とがそれぞれ鏡像関係のカタチだとわかります.少なくとも「たすき掛け」のような誤りはありません.

次に前後を見分けます.ヒントは肘と膝の向きです.大抵の歩く動物は,手足の指先を前方に向けて歩きます.そして,肘は体の後方か外側を向き,膝は前方か外側を向きます.前肢については話が複雑ですのひとまずでさておきます.後肢では.足首は足の甲と脛が向かい合うように折り畳まれ,膝はそれと逆向きに折り畳まれます.脚を伸ばして足の裏が床を向くとき,膝は天井を向きます.そして,前肢ではそうでないことがあります.

標本写真に戻りましょう.爪の湾曲に基づくと,これらのパーツはいずれも掌底をケース底面に向けているとわかります.一方,肘や膝に当たるはずの関節を見ると,左側の対 (写真5と6) では肘/膝が床側を向き,右側の対 (写真7と8) では天井側を向いています.先ほど紹介したルールが正しければ,右側の対が後肢だと判定でき,胴体等の前後方向と整合的です.

骨に特有の凹凸やその名前を知っていると,話は少々早くなります.今回は天下り的に済ませますが,肩や腰に関節する部分 (しそうな部分) の形状を見比べると右側の対(写真7と8)の方が整ったボール状になっていたり,右側の対には踵に当たる突起も認められます.ともあれ,ケース左側が前肢,右側が後肢です.

前肢の左右

左右の特定は,前後の特定に比べれば容易です.しかし骨と骨の繋がり方のパターンに関する知識が必要ですので,ここで一度,自分の体を使って確認しましょう.

前肢の骨のうち下腕部は,尺骨と橈骨という2本で構成されます.自分の腕を触るとわかると思いますが,肘の突出 (=肘頭) をなしているのが尺骨で,これは小指 (= 第五指) 側に接続します.一方の親指 (第一指) 側に接続するのが橈骨で,これは肘頭を構成しません.もう一つ重要なのは,掌を地面につけると,正中側が親指,外側が小指になることです.

このルールに則って,写真6を観察しましょう.下腕の骨は画面上側の骨の方が長く,肘頭を構成しているので,これが尺骨であり,画面上側が小指側,画面下側が親指側です.更に,先程説明した通り掌を床側に向けています.したがい,左前肢のように配置されていたこのパーツは,予想に反して右前肢です.写真5についても同様に判定できて,左前肢です.

後肢の左右

次に後肢です.下腿を構成するのは脛骨と腓骨で,脛骨が親指 (=第一趾) 側,腓骨が小指 (=第五趾) 側です.また,ほとんどの場合,脛骨の方が太く,膝関節の主要な構成要素となり,大腿と足を繋ぐ構造物となっています.一方の腓骨は第五趾側に添えられるような構成です(ヒトでもそうです).

写真8に基づくと,下腿の骨のうち,膝関節を構成している太い方が脛骨で,スプーン状の突起がある細い方が腓骨と考えられます.腓骨が繋がるのは第五趾側で,つまり,最も長い趾が第五指,最も短い趾が第一趾ということになります.写真7での足の底の向きと各関節の屈曲する向きを考えると,またも右後肢という予想に反して左後肢です.

切断前の姿に基づく検証

かくして我々は,骨をじっくり眺めたことにより,一瞥した際の予想を覆す結論に至ってしまいました.しかし,ここまでの推論は,ヒトや他の脊椎動物の事例に基づく,例外の多そうな経験則に基づくものです.確信を得るには,やはり切断する前の骨格を観察しなければなりません.

残念ながらカモノハシを解剖できる機会は早々なさそうなので,他の誰かが行った研究などを参考にしなければなりません.幸い,昨今ではインターネットを通じて数々の研究論文やその根拠となるデータにアクセスできます.骨と骨との繋がり方を破壊することなく撮影したX線CT像が無償で提供されていることもあります.

ここで紹介するのはUniversity of New Mexicoに所蔵される液浸標本を撮影したもので,骨の元の位置や向きを十分信頼できる水準でデータ化していると考えられます.この3D像と展示標本を照らし合わせることで,展示状態をうつ伏せと解釈するのは誤りで,右手足にみせかけたものが実は左手足であることに確証が持てます.

なお,デジタルデータであっても,骨格の組み立てや骨の造形に誰かの解釈が加えられている恐れは大いにあります.データの出自については細心の注意を払う必要があり,標本情報や撮影条件が十分に開示されているものを選ぶのが原則です.

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